2011年3月6日日曜日

民謡

古書市をやっていたので寄って見つけたのが「民謡の教本」。
横長の本で、米谷威和男氏の著作。前書きによると約600曲の歌詞が収録されていて、「これだけ知っていれば、ステージなどでは、充分に間に合う程度には限定し」とあることから、資料としてではなく演奏者向けに書かれたものとわかる。各曲には「修了」欄があり、日付と尺八の長さ(○尺○寸)、三味線の本数を書き入れるようになっている。書籍で一番最後のページに記載される発行所を見ると米谷尺八学院となっていた。いわば歌本やジャズの青本にあたるものだろう。

曲名と歌詞しか載っていない。しかしそこには……
「民謡の教本」には残念ながら歌本ならあって当然のメロディーの楽譜がなく、歌詞しかわからない。手に取ったときに購入をためらったのだが、その最大の理由がこれ。とはいえ、日本全国の民謡の詞が読めるというのはとても興味深い。それで購入して、帰りに寄ったジャズ喫茶「ナジャ」でジャズを聴きながらこの「民謡の教本」を開いた(蛮行)。先に曲名を50音順に並べた目次があって、パラッとめくったら島根県の「キンニャモニャ」、その隣に熊本県の「キンニョムニョ」とある。もうガッツポーズである。熊本県には「ポンポコニヤ節」もあり、火の国がやたらとかわいい。いやしかし、民謡は農作業などの辛い仕事中に歌って鼓舞する用途もあり、のんきに笑えないケースがある。こころしてページを開いた。

花の熊本 長六橋から眺むれば オヤ ポンポコニヤー

良かった。萌えソングだった。

今更ながら民謡の奥深さを痛感。
ラジオを点けっぱなしにしてると民謡の番組が流れることがあって、正直に言うとそういう時は居心地の悪さを感じてしまう。普段聞き慣れている(慣らされている)音楽とは大違いだし、演奏者も観客もご年配の方がほとんどとあって世代のギャップがどうしようもなく横たわる。例外的に津軽三味線・よさこい祭り・阿波踊りの類はノリが良く受け入れられているが、ほとんどの民謡はそうはいかない。それでスルーしてしまうのだが、活字で自分のペースで読んでみるといろいろ発見がある。例えば、真意はわからないが、島根の「出雲音頭」は「私がやろうか、私がやるのでは合わないかもしれない、合わなかったら囃子でたのむ」という歌詞。これだけ読むとメタ民謡である。そんな調子で、「民謡の教本」は目から鱗を落としまくる良い買い物となった。

2011年2月26日土曜日

噪音

昨晩、新高円寺駅の近くにあるバー「JUKEBOX」での事から。
蚕糸の森公園へトランペットと尺八の練習をしに行く途中にあり、「黒人音楽酒場」と書かれた看板と入口付近に並べて貼られたソウルシンガーのポスターが気になっていた店で、その厳つさから敬遠していたのだがようやく入ってみた。店内の壁はサイン入りの写真やレコードジャケットだらけで、かかっていた音楽はソウル。客は私一人である。ソウルはあまり聴かないのだが嫌いというわけではなく、I.W.ハーパーのロックを傾けながら普通に聴いていた。ポツポツとマスターとおしゃべりするなかでトランペットを練習していることを話すと、ソウルからジャズに変えてくれた。Miles Davis/Kind Of Blue のレコード盤。CD ではなくレコード盤だったことで、大変に沁みた。

そこで、レコード盤で再生する場面を思った。
私にとってまず馴染みがあるのはクラブミュージックの DJ である。この場合は CD にない音圧や音響特性が取り沙汰される事もあるが、主には曲と曲を繋ぐ時のピッチ補正や、スクラッチなどによる積極的な音作りなど、レコードとレコードプレイヤーによる機械としての側面がクローズアップされる。CD プレイヤーが発売されるようになってすぐにはこういった用途に使えなかったが、パイオニアから CDJ シリーズが発売されると徐々に移行していき、今では USB メモリや SD メモリを直に挿せるミキサーや PC に繋ぐコントローラーが充実して機械でなくなった。音がクリアで持ち運びが簡単、操作性に遜色が無いどころかテンポ検出は元より波形表示など、そのメリットは大きい。音量は大きく、クリアに。ノイジーな音楽を再生した場合、記録されているノイズをクリアに再生するのである。レコード盤である必要性が低くなって来た分野である。
もうひとつの場面は、コレクションである。今でこそ CD や iTunes などのオンラインで再発が相次いでいるが、作品が作られたその当時にレコードを購入して今でも大事に聴くというもの。老舗のクラシック喫茶やジャズ喫茶で聴かせてくれるものがこれにあたる。ここでも例えば PC に取り込んでプレイリストに並べて再生ボタン一発でそれこそ24時間盤の交換要らずという使い方も想定できるが、それは手間だし、何より無粋という意識が働くかもしれない。既にある物を、あるがままに長年聴かせて来たのがレコード盤となる。音量は控えめ、レコード盤ならではのノイズが乗る。

タイトルの「噪音」は、「騒音」ではない。
冒頭の黒人音楽酒場での話に戻るのだが、しっとりしたジャズにレコード盤のノイズが乗ると雰囲気が大きく広がる。以前何かで読んだ本でレコードのノイズを雨音に例えていたが、正にそんな感じ。こういった効果的なノイズを「噪音」と呼んで良いのかもしれないと思った。Wikipedia の「倍音」の項目に説明があるのだが、和楽器などの民族楽器で重要視される音である。音楽的に効果のあるノイズ、心地の良いノイズとでも言ったら良いか。再発される過去の名曲、プレイヤーが目の前で演奏しているかのようなみずみずしさで聴かせてくれるのもいいけど、レコード盤に針を乗せて聴くのも良いものだ。

2011年2月20日日曜日

近況

前回の投稿から1ヶ月がとうに過ぎて、かけあしで振り返る。

音楽の複数次元 ジョン・ケージ『ヴァリエーションズVII』
1月29日と30日に行われたコンサートで、世界中の音をリアルタイムに収集・選択・ミックスして聴かせる作品が上演された。事前に出演者から「音」を募集するメールを頂いていたので、29日は会場で鑑賞、30日の日曜日に提供者として参加した。ここで言う音の提供とは USTREAM を使った音の送信で、私は東京競馬場へと出かけた。賭け事はしない質で競馬場に行く事自体が初めての事なのだが、独特の雰囲気が伝わればいいなと。
会場では中心にステージというか作業スペースが据えられ、コイルや水槽、ジューサーに扇風機といった物で雑然としたところを演奏者が思い思いに行き来する。観客はそのまわりを自由に歩き回れたのだが、私は遅れそうになって走って到着したので疲れていたこともあり、座布団にドッカと座って定点観測と決め込んだ。すると、スピーカーの方が目の前に近づけられて、時折爆音を聴くことに。
この作品の肝は、いかに音を集めるか、および、どのようにミックスするかにかかっている。後で知ったのだが、ステージ上に置かれた家電は出来る限り作曲された当時の1960年代の物が集められたそう。それらを使って目の前で行われている行為と直結した音が聞こえたり、聞こえなかったり、目の前にスピーカーが来た時にかすかに鳴っていた音が、テレビやラジオの音なのか、誰かが USTREAM で送ってきた音なのか、そういった事が漠然としたまま身を任せる感覚。SF やファンタジー、オーディオマニアの評論だったら身体感覚が拡散して世界と一体になるところだが、街の雑踏とも違う音の洪水で、ただただ面白かった。最後に付け加えると、競馬場から送った音がいつ拾われてどんな音量で再生されるのかは分からなかったのだが、後で聞いたところによると、ファンファーレが鳴り響いたそうである。してやったり。

プロジェクト5 研究シンポジウム・シリーズ vol.3《方法論としての音楽》
これは近頃特に気になっていた事で、作曲者が一音一音指定するのではなく、ほとんどの事を演奏者に任せる類の図形楽譜についての話と、その延長線上で音楽と言いつつ音として認識できない作品が生まれて、それとどう向かい合ったら良いか、パフォーマンス付きでお話が聞ける機会となった。向き合い方についてはだんだん折り合いがつけられるようになって来たのだが、作曲者が出音について興味がない(ニュアンスは『積極的に関わらない』)という話はショックだった。方法マシンに参加していながら何言ってるのか、と思われるだろうが、割合で言えば楽器の指定がある音楽らしい作品の方が多かったように思う。シンポジウムのパフォーマンスも「音楽の臨界点とその外部」との文言にほぼ偽りなく、ギリギリのところを感じた。それで結局未だに「音と関係ない音楽」にモヤモヤしているのだが、それはやはり私が楽器が好きという嗜好から来るしりごみだと思っている。ただし、その嗜好を掘り下げると銃器マニアや機械式カメラマニアだった時期もあり、何というか、カチャカチャと手を動かして結果が出る物が好きで、楽器にこだわらなくなる日が来るかも知れず、その時に自分は何をやろうとするのかが気になる。

あと、昨晩に即興演奏の録音をした。
http://soundcloud.com/yeemyu/20110219-1

その前日に江古田のフライングティーポットで、飛び入りでセッションに参加させて頂いてシンセ(エレピがメインで SawWave も少々)で音を出したのだが、やはり楽しい!

2011年1月5日水曜日

謹賀新年

明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願い致します。

今回の年末年始は今までにないものにした。
年末年始は実家で過ごすのが当たり前だと思っていたので、1回だけ普段住んでいる東京で初詣に行った年はそれだけで特別な感じがした。それが、今年の年明けは京都のカプセルホテル。進化したんだか劣化したんだかよくわからない年明けである。事の発端はあるにはあるのだが、実行に移す段階に至っては即興だったと言いきれる。

2010年12月30日
この日については前々から沖縄から遊びに……失礼……使命を帯びて東京を訪れた友人を中野ブロードウェイに案内して、夕方から飲み会という予定が立てられていた。その当日の朝に、大阪・京都に行って静岡の実家にも寄り、3日間なら同居してる獣が餓死しないだろうというプランが閃いたのである。それが、新宿での飲み会から京都に停まる夜行の高速バスに直接乗るというもの。即PCを立ち上げて高速バスの空席をチェックすると2席空いている!これで決まった。飲み会を盛大に楽しんでカラオケまでご一緒して、翌日東京ビッグサイトで決戦を迎える方々をあとに、私はバスターミナルへと向かった。

2010年12月31日
朝の6時半過ぎに京都駅烏丸に到着。この時は天気が良く綺麗な朝焼けを写真(下に添付)に撮ったのだが、ガストで朝食を採ってるうちに雪が降り出した。雪の勢いは増す一方だが、インターネットで見つけた嵐山の法輪寺に行くと決めてバスに乗り込んだ。小一時間で到着したのだが既に一面の雪景色。法輪寺は「嵯峨野を一望出来るスポット」と紹介されていたのだが、雪で視界が悪く、ただただ真っ白だった。景色は見れなかったが、法輪寺のお守りは手にした。実はこのお寺には「電電宮」というお宮があり、電波・電気・電子・情報の神様が奉られているのである。
長居は無用とバスに乗って京都駅まで戻り、京都市役所まで地下鉄で移動。この辺りは寺町通りなど大きな商店街があって、目的地の一つ「パララックスレコード」も近くにある。カフェの奥にある部屋で営業しているCDショップで、電子音楽や現代音楽が専門。ここで店長お薦め!とある北欧の電子音楽のCDを購入した。
お昼が過ぎて京都市役所前駅の改札横で「無音ストリート」を開催している歳森さんの演奏を聴きに行った。2007年に今は無き大阪ブリッジのピアノ即興演奏でご一緒した方で、無音ストリートの演奏を楽しんだ後、少しお話をうかがう事も出来た。実験色の濃いライブだけど手応えを感じてて、とても充実しているようだった。
晩ご飯は豪勢にして、泊まるところはこれまたその場で予約したカプセルホテル。すぐ近くにマルツ電波パーツ館ととらのあながあって、京都に来たのに秋葉原にいるかのような感覚を味わった。それが大晦日の夜である。

2011年1月1日
元旦。京都の秋葉原みたいなところにあるカプセルホテルで起床。実家向けのお土産を買って、そそくさと電車移動。そう。京都まで行っておきながら除夜の鐘も聞いてないし初詣にも行っていないのである。それより、日没までに実家にたどり着く事を優先した。実家ではのんびりと過ごした。それだけ。

2011年1月2日
バッグの中に12月30日にもらった泡盛がずっと入っていて、そこに実家でもらった麦焼酎が加わり、さらにはお米3升(約5kg)も持ち帰ることになって、逆兵糧攻めである。もちろん有難いし嬉しい気持ちもあるのだが、いかんせん重すぎ。それでも無事
、夕方には東京に着いた。部屋で一休みした後、都立大学ジャミンへフリーセッションに参加しに行った。新年明けてまだ2日目である。そんな物好きそうそういないだろうと思ってヒーロー気取りで行ったら普段と変わらない盛況ぶりだった。

2010年12月25日土曜日

デュオ

12月20日、高円寺グッドマンの「なんでもいっぱいDay」に出演できた。
当日の夕方にマスターへ電話したところ7時半に来るよう言われて、予定通り仕事帰りに直行。少し遅れるかと思ったが、快速を使ったという事もあって時間通り到着した。すでに先客がいらしたのだが、その中に都立大ジャミンのフリーセッションでご一緒したトランペッターの横山氏が!8時が迫ると出演者が集まって来て、今回デュオをお願いしたKO.DO.NA氏も無事到着。そして最後に到着したのが何と、同じくジャミンで共演して私がこのブログで批判した女性サックスプレイヤー、関根さんである。彼女も今回が初とのこと。偶然が重なり、始まる前から波乱含みとなった。

ライブは絶妙な演奏順で進行。
どうやらこの日はいつもの倍くらい人が集まってしまったらしく、時間はトータルで15分以内、曲数は3曲以内とかっちり決められた。終わって見ると出演者の演奏スタイルは大きく2つに分けられて、前半は主に常連さんによるギターの弾き語り(主催の円地さんはインストのジャズギター)で、後半はほぼ初出演のプレイヤーでかためられたのだが、これがまた揃って管楽器(サックス2名、トランペット3名)でフリーインプロの面々。こういう機会がないとそうそう聴く事が無いギターの弾き語り、しかもオープンGマイナーという変則チューニングが飛び出すなど非常に味わい深かったのだが、特に女性の方は Roland TR-606 からドラムパートを出しており、「30年前に買って、これで問題ないからずっと使ってる」と言う。演奏できる機会があれば Fender Telecaster と Roland TR-606 を肩から提げて出向き、演奏して来たのであろう。私のような浮ついた機材マニアとは格が違うのである。
後半、即興演奏組はトランペットの横山氏のソロからだったと思うが、堂々の演奏だった。吹奏楽やスタンダードジャズのような明確な音ではないけれど、横山氏しか出せない確固とした音。続いてのサックスの男性(名前を失念してしまった)は対照的にパキッと輪郭が際立った音。次に私と KO.DO.NA氏 によるトランペット・デュオだったのだが、そもそもトランペット2本で出るのが珍しかろうという目論みが当たってくれた模様。うまいこと色の違いも出せたようで、私としては成功だったのではないかと思っている。最後はサックスの関根嬢。チャーリー=パーカーだっただろうか、スタンダードジャズの面影を残した演奏と、スキャットにカズー、スライドホイッスルといった玩具楽器も総動員して縦横無尽だった。ソロだったのでジャミンの時と違って変にハラハラする事なく楽しめた。やはりどこへ行っても名物である。

今回は写真がない代わりに後ほど録音をアップしたいと思う。スマートフォンの録音アプリで録ったので、モノラルかつ所々音が割れているのはご容赦願いたい。
MySpace>2010-12-20_21-57 with KO.DO.NA
音は同じですがこちらがおすすめ->soundcloud

2010年12月19日日曜日

告知の体を成していない告知

明後日の12/20(月)に高円寺グッドマンで出演予定。

なんでもいっぱいDay
PM7:00 OPEN
PM8:00 - 10:00 or 11:00 END
チャージ 1,300円

トランペット•デュオで出演する予定。

KO.DO.NA
黒木一隆(TP、ピアニカ)と木ノ下友一郎(エレクトロニクス、ギター)によるユニット。クラブDJ、現代音楽を経て、劇団唐組入団。同退団後、劇中音楽作曲やインプロビゼーションを主体とした幾つかのバンドを経て、2002年静寂音響ユニット『KO.DO.NA』を開始。2006年 『 KO.DO.NA :小人の化学』 発売。2010年ルクセンブルグ『soundzfromnowhere』より「riunione dell‘ uccello」発表。その後、幾つかのオムニバスCDへ参加。ラトビア共和国の音楽誌『フラッシュ』にて紹介される。西麻布『Bullets』『スーパーデラックス』等に不定期出演。オーファイな電子機材を用いノイズの中から賛美歌、児童音楽、鎮魂歌を紡ぎだす。 舞台音楽から即興演奏、楽曲演奏まで幅広く活動中。
http://kodona.web.fc2.com/index.html

森下雄介
チャットシステム「IRC」から発生したテクノ専門作曲グループ「ch.1112」を母体に自作曲を発表。徐々に電子音響に興味が移るのと時を同じくしてアルゴリズミック•パフォーマンスグループ「方法マシン」に参加し、既存作品の上演と並行して、電子工作面ではイルミネーションや正否判定システムの開発、「ハノン大演奏会」では「シャルル・ルイ・ハノンの墓」の作曲に関わる。ハノンの練習をするにあたり「出来るだけ生のピアノに触りたい」という思いから千野秀一•新井陽子両氏によるピアノ2台を使った即興演奏ワークショップ「2pf」に参加。ハノンとまったく関係なく現在の「ピアノアピ」に続き、即興演奏への参加を通じて学生時代に演奏していたトランペットを見直し、主に飛び入り可のイベントに顔を出すようになる。

◇◇◇

以上が告知なのだが、困った事に出演のアポが取れていない。
グッドマン名物のフライヤーに担当者の連絡先が書いてあるのだが、結局一度も連絡がとれず、マスターに直接お話を伺って「いつも2〜3枠あいているので当日楽器持って来たら出れると思うよ」とのお言葉に賭けている状態である。

2010年12月12日日曜日

観客

11月27日の事になるが、第24回公園コンサートを鑑賞して来た。
公園コンサートそのものの詳細はリンク先をご覧頂くとして、今回鑑賞したのは「9回の逆進がある列車移動」という作品である。ある規則に従って列車移動を繰り返すというもので、その上演を鑑賞する為には観客である私も出演者といっしょに移動する必要がある。つまり、観客でありながら作品を上演している事にもなり、メンタル面に違いはあれど外見上は出演者との違いがないという、ちょっと不思議なコンサート。
午後2時に上野駅から高崎線に乗車してコンサートが開演。神田聡•齋藤祐平•直嶋岳史の3氏からやや距離を取りつつ鑑賞するのだが、リラックスした雰囲気で電車に揺られる様を見ているのである。逆進する場面では駅で降車して乗り換えるのだが、途中、ホームをまたぐ必要がありながら時間が1分しかないというところがあった。緩急ある展開である。
終演は午後6時少し前。11月の終盤とあって日が落ちて気温も下がり、ずしっとした疲労感の中で完遂した。終わってみて感じたことは、やはり、客席に座ってるだけでは味わえない達成感である。最後の逆進が終わって上野駅のホームに降り、それを以て演奏を終えた神田聡•齋藤祐平•直嶋岳史の3氏に拍手を贈ったのだが、自然とその手に力が籠る。打ち上げが盛り上がったのは言うまでもない。


話は変わって、ジャミンat都立大学でのフリーセッション。
12月5日、私にとって2回目のセッション参加。午後7時の開演で時間に合わせて行くのだが、トリオの3名を除いて、私で3人目くらいである。それから徐々にプレイヤーが増えて来て、夜10時ごろには10名を超えていた。楽器は私がトランペットで、サックス•フルート•ギター•ウッドベース•ピアノ•EWIと多彩で、前回からすっかり名物となった女性プレイヤーは、サックスの他に民族楽器の笛にカズー、それにスキャットなど縦横無尽である。ただ、興に乗って居ても立ってもいられなくなる質の人らしく、椅子を立ったり座ったり、テナーサックスを首にかけたり外したり、心中を察するとこっちも締めつけられる思いがしたが、ついに我慢出来ず勝手に出て行って演奏に加わってしまった。その時はジャズのスタンダード曲の演奏中だったのだが、そこにフリーインプロで割り込みをかけた形になってしまい、私は白けてしまった。私より知識も演奏の力量も上なのに、もったいない……
また、この日はジャズピアニストの鶴巻有希子さんが来て下さった。ピアノを使ったワークショップ「ピアノアピ」が「2pf」だった時の参加者で、その時にピアノ同士で共演させて頂いたことがあるのだが、ワークショップを離れて私がトランペットでご一緒するのは初の事である。鶴巻さんはドラムが大ベテランの藤井信雄氏のピアノトリオでリーダーを務めており、そんな方とのセッションでも私の方はいつも通りのテンパリ気味で精一杯の演奏となった。